萬古焼(ばんこやき)300周年記念サイト

BANKO300thについて

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日本の陶磁器産業は円高や長い不況による影響の中、産業そのものが大きな時代の転換期に立っています。その中で来る平成30年(2018年)に萬古焼創始者である沼波弄山翁の生誕300年という記念すべき年を迎えるにあたり、 萬古焼の伝統と文化を伝え続けてきた先人達の偉業と努力に感謝するとともに、『BANKO300th』を掲げ、さまざまな事業に取り組みます。

事業を通して、萬古焼の遺産を未来への資産として、400年、500年とつなげていくことを目指します。

これらを実現するために『BANKO300th』実行委員会を立ち上げ、内田鋼一氏(BANKO archive design museum主宰者・陶芸家)を総合プロデュ―サーに迎え、自由で斬新な発想のもと、三重県内の人はもちろん、国内、海外の人にも萬古焼が身近なものとなってもらうために、「記念誌発刊」、「魅力展示」、「ふれあい」の3本柱を掲げ、それぞれのワーキンググループを中心に具体的に進めて参ります。

1.記念誌発刊事業

過去から現在の萬古焼をより深く知ってもらう記念誌出版

2.魅力展示事業

萬古焼製品を通して、知られざる魅力を発信する展示

3.ふれあい事業

萬古焼でつながる地域(桑名市、朝日町、菰野町、四日市市)や来訪者との交流

 

沼波弄山(ぬなみ ろうざん)とは

生年:享保3(1718)〜没年:安永6(1777)

江戸中期の古万古焼の創始者。伊勢国(三重県)桑名の豪商。一説には「万古屋」という陶器問屋ともいう。名は重長、通称五左衛門。幼時から風流を愛し、表千家6代宗左(覚々斎)、7代宗左(如心斎)に茶道を学び、寸方庵の庵号を持つ。桑名の邸内に窯を設け、楽焼風の軟陶を焼いていたが、元文年間(1736~41)に許可を得て、別宅のあった小向(三重県朝日町小向)に築窯した。土は小向の名谷山から取り,高火度の本格的な作陶を始めた。宝暦年間(1751~64)江戸の別邸のあった向島小梅に公儀の許可を得て築窯、将軍家御成先御用並びに御数寄屋御用も仰せつかり、しばしば窯場への将軍の御成もあったという。作品はのちに復興された有節万古などに対して古万古、あるいは号から弄山万古、窯のあった所から江戸万古、小梅万古などと呼ばれ、「万古」あるいは「万古不易」の印が捺されている。当時の文人趣味にかなう煎茶器などの茶陶類が多く、内外茶陶の写し物と独特な中国風やオランダ風の更紗文や鳥獣文が異彩を放つ赤絵や銅青磁などがある。江戸万古は安永6(1777)年弄山没後、番頭の安達新兵衛が差配したが、寛政12(1800)年ごろには廃絶した。

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版/著:伊藤嘉章

この事業に関するお問い合わせは下記へお願いいたします。 TEL 059-330-2020 AM9:00~PM5:00[月曜休館]

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